セーヌ川沿いにあるレストランのカフェテラス。人物を引き立たせるために背景の情景はいくぶん抑えて描かれています。モデルは女優のジャンヌ・ダルロー。
テラスにて
アーティスト:ピエール=オーギュスト・ルノワール
1882年に開催された第7回印象派展への出品作でもあると考えられている本作に描かれる若い婦人は、当時の舞台女優ダーロウであり彼女の身に着けるハイ センスな赤い帽子と洗練された紺色の衣服、さらにそのアクセントとして胸元に添えられた白花の飾りの色彩はダーロウの美貌を引き立てるだけではなく、隣の 愛らしい少女の衣服や帽子、花飾り、テーブルの上の色とりどりの花々などとも見事な調和を示している。本作の中で最も観る者の目を惹きつけるダーロウの赤 い帽子についてはルノワール自身が次ののように述べている。「私は≪赤≫が呼鈴のように音色高く鳴り響くものにしてみたい。もし、そうならないのであれ ば、もっと赤色を塗り重ねるか、他の色彩を組み合わせる(加える)のだ。」。
本作の前景に示される多様で豊潤な色彩の配置や各色彩の呼応的処理は、まさに 画家のこの言葉の実行事例であり、今も色褪せず我々に感動を与え続ける。さらに本作で注目すべき点は前景と背景の色彩や画面構造的な関係性の秀逸さにあ る。ダーロウの背後の手摺を境に前景と背景が明確に分けれており、前景は左から右へ斜めに視線が下がるように構成的誘導が施されているが、背景では逆に左 から右へ斜め上に視線が向かうように構成されている。この斜めへの視線誘導はルネサンス時代から続く視線を画面へと向かわせる伝統的な手段であり、ここに 画家の古典芸術への理解を見出すこともできる。さらに前景のやや強い濃色に対して背景の色彩はやや淡彩的に描写されているものの、色調そのものは背景の方 がより明瞭であり、画面全体が重く沈みこんでしまうのを巧妙に回避させている。